これは芥川賞の受賞会見でも西村健太が語っていて
「細かいところでは、16歳のときとか、いま書いているんですが、
やっぱり父親が、ちょっと非常に問題のある人物なんで。
まじめな話、父親の犯罪というは30年たっている。30年たっても被害者の方がいる以上は、消えないんですけど、ちゃんと更生はしているんですが、いつかは書かないといけないテーマだと思う。
父親が生きていようが、死んでいようが。」
などと質問に答えている。
父の事件や西村自身の半生から書かれた文章は私小説であり、自分を書いているのだが、
「読んでくださった方が自分よりも駄目なやつがいると思って、自分のケースじゃないですけど、ちょっとでも救われた気分に、ものすごくおこがましい考えですけれども、ちょっとでも、そういうふうに思ってくれたら、本当にうれしいですね。書いたかいがあるというか。
それで、何とか僕も、かろうじて、社会にいれる資格が、首の皮一枚、細い糸一本で、つながっているのかなあと。これは本当に思います。
そういうふうに。」
と、西村賢太は読者がそのダメな所を読んで救われた気分になってくれたらという気持ちで書いているそうだ。
これは西村賢太自身が23歳の時に藤沢清造の小説と出会って自分よりもダメな人がいて救われたからだ。
父の事件や自らの家庭環境や事件や経験などがすべて西村賢太の小説の血と肉になってるんだろう。
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